2002年5月1日水曜日

ベンガリー・トラ

gen1971gen2002-04-30 
 朝9時頃、ファンが停止したため暑くて起床。停電。で、外へ。ベンガリー・トラのどっかで食事しようと路地に入ると早速インド人が話しかけてくる。今回の旅行では基本的に話しかけられたら反応はするようにしようと思っていたので会話。で、ベンガリー・トラはこのあたりからだとどう入ればいいのかと問うと、ガイドブック上ではBhadaini Rd.とされている、いわゆる大通りへ出てここがベンガリー・トラだという。後で他の人に聞いても同じように答えるのでもしかしたら本当にベンガリー・トラってのはガートに平行した裏の路地のことではなくこの大通りのことなのかもとか思う。でも日本のあらゆるガイドブックでは路地がベンガリー・トラだしなあ。俺の会話能力に問題があるのかもしれませんが。
 
 で、その大通りに出たところ、ちょっと道を聞いた現地の若者が延々と話しかけてくるので、申し訳ないが彼をまくために目の前にあった適当なレストランに入ると彼は「ここはいいレストランだ。じゃあね」と言って去る。いい人だったんだね。すまん。で、エッグパコラと水。そして狂犬病予防の薬。その後ホテル前のハリチャンドラガートから、ガート沿いを途中にある店でチャイ(2ルピー)を飲んだりペプシ(10ルピー)飲んだりしつつメインのダシャーシュワメードガートまで歩く。そっから今度はビシュナワート小路へ。

 以前クミコハウスに泊まったときにチケット買うならここでと言われてちょくちょく来てたシルク屋はどこだったかしらんとちょっと探してみるがわからず。こっちの道は全く頭に入ってないので、また大通りへ出てゴドウリヤー方面へ。初めてインドに来た時(1994年8月)に誤ってバングラッシーを飲んでしまった店に行ってみるがやってなさそうな感じなので再びダシャーシュワメードロードへ。ガート方面へ行く途中にいた屋台のアイスクリーム屋からオレンジアイス(5ルピー)を買いその場で食す。物凄く人工的な味。そして(ガイドブック上の)ベンガリー・トラへ。プリンス楽太郎(プリンス似ということになってるが実際には今田耕司似)と名乗る従業員(もちろん現地の人)がいた店(スパイシーバイツレストラン)等確認しつつ進み、クミコハウスへの曲がり角まできて、その前の店でリムカ(10ルピーくらい)を飲む。

 クミコハウス前を通ると中から宿主のシャンティさんに入れと手招きされるので、5年前にここに泊まったけど今はよそに泊まってますがいいの? てなこと言うといいから入りなさいとのこと。お言葉に甘えて内部へ。1階はどうやら作り直したらしく前より細かく部屋が別れていてきれい。そして5年前にちょっと具合悪そうだったシャンティさんは実に元気そうである。どうして以前ここに泊まったのに今回はよそに泊まるのかなどという大変難しい質問をされるが機転を利かせて曖昧に答える。

 で、またベンガリー・トラへ。そこをずーっと通って宿へ戻る。一休みしてまた外に出て、食堂でベジ・ターリー(12ルピー)。他に水と7UPも頼んだので計32。飲み物は高い。ターリーが安すぎるのか。で、また宿で一休みして、今度はアッスィーガート方面へ歩く。さっきのハリチャンドラ→ダシャーシュワメードも昼前のせいか人が少なかったが、今度はさらに少なく、たまにすれ違うインド人が悪人だったらどうしようなどと考えるが無事にアッスィーガートへ出る。そっから大通りへは出ずに路地を通って宿方面へ戻ろうとするが、ここらへんはあまりに道が入り組んでる上にところどころに犬がいてしかも結構活動的。先日かまれたばかりの私としては大変恐ろしい。結局かなりうろうろして大通りへ出てそっから宿方面へ戻る。

 またガートに出て今度はダシャーシュワメードも越えてマニカルニカーガートの方へ。ここの火葬場で見物しろとやたらしつこく言われるが、以前ここで見物料を請求された思い出があるので(払ってないけど)適当に断り路地に入る。で、とにかく屋上からの風景が素晴らしいという噂のプージャゲストハウスへ。停電中の上にどうやら日の光があまり入らないらしく中は大変薄暗いのだが、快く屋上を見物させてくれて上がると物凄いいい景色。しかも今はシーズンオフのせいかほとんど客がいない。ここでも良かったかもね。しかも屋上というか建物が周囲のどの建物よりも高いので、とにかく遠くまで何も遮るものがない。下見ると恐いけど。

 ダシャーシュワメード方面へ歩いていこうとすると、この辺り道がよくわからず迷い、気付くと先ほどやっぱりわからなかったビシュナワート小路に出る。例のシルク屋ってやっぱりこの辺りだったと思うんだけどどこだったかなあとぶらぶらしてるとそれらしいところを発見。しかしあの広さの店がなく、似てるけど違うところなのかしら、おっかしいなあと思って出ていこうとしたところオーナー発見。互いに顔を覚えていて店内へ。店自体は前の半分のサイズになっていて、不況なのかしらと思いつつもそのことを聞くと、1階のこの部分はせまくなったけどかわりにこの上ほぼワンフロアを買い取って自分の商品がたっぷりあるという。もうかってるんじゃないか。チャイをおごってもらう。ネパール王室殺人事件や去年の米テロ、アフガン報復等のあおりで客足が遠のいた、しかも今はシーズンオフで暇だという話。でもそろそろ日本はゴールデンウィークだから日本人もきっと増えると思うよと言っておく。無責任な発言だけど。しばらく談笑の後店を出る。外はもう暗い。道は明るいが。

 またベンガリー・トラへ。スパイシーバイツレストランで唐揚げ定食。しかしプリンス楽太郎はもうこの店を辞めたとのこと。そういや今日の昼飯のときにお薦めの店を教えてくれたおじさんがいたのだが、彼は自分が楽太郎の親父だと言っていた。ほんとだとしたら世間はとても狭い。

 食ってベンガリー・トラを歩いているとクミコハウスへの曲がり角にあるアンキタレストランの従業員に声をかけられる。が、今はもうお腹いっぱいだからまたね、でもここは5年前に来て食べたよというと、互いにさっぱり覚えてないのにやたら喜ばれ、実はうちは最近ゲストハウスもオープンしたからみていってくれと中を案内される。今俺が泊まってるHOTEL SONMONYと同じようなレベル(ダブルでシャワー・トイレ付)で80ルピー。オンシーズンでは100。でもこのくらいのレベルなら120くらいでもいいのではないかと思ってそう伝えるが、彼は旅行者は少しでも安い方に流れるから120でも高いという。そんなもんか。インド旅行してる外国人(日本人含む、というか特に日本人)はケチだもんな。で、日本人のオンシーズンを教えてあげる僕はとっても親切です。ただ、これだけゲストハウス過多だとやはり新しくオープンしてもきついのではないか。

 どんどん暗くなってベンガリー・トラの店も閉まっていくので宿へ戻る。するとホテルのフロントの男(なんとまあカルカッタのサトシそっくり)が俺のカメラ(EOS5)を見てこの宿の屋上からの風景をフロントに飾りたいから写真撮ってネガをくれと言う。了解。で、なぜか雑談。ミスター・クラマエ(蔵前仁一編集長)を知ってるかと問われたので、2年前まで俺は彼の会社で働いていたんだと答えるとそのミスター・クラマエの名刺を出してくる。去年の『旅行人』でのバラナシ特集、蔵前さんはこのホテルに泊まってたんですね。まあ俺もそれ読んでここら辺のホテルは穴場だってことで来てるんだけど。で、じゃあ知り合いということで俺に対してサービスが良くなるのかなあとか思ったら、フロントの男はミスター・クラマエはここに一ヶ月も滞在して毎晩俺と長時間いろんな会話をして、このホテルをガイドブックに載せてくれるといってたんだけどでも載ってない。どうしてだ! と何やらエキサイトしてきたのでこれから出すガイドブックに反映させるんであってまだその時は来てないんだよと言って退散。実際ほとんどのガイドブックはバラナシに関してこの辺りまでフォローしてないことが多く、仮に地図が載っていてもここら辺の宿に関してはさっぱり書かれてなくて(ロンリー・プラネットでさえもそのようである)結果として客の大半はダシャーシュワメード周辺に流れてしまうので彼の怒りももっともではある。で、部屋に戻ってシャワー。しかし犬に噛まれた左手の包帯はまだとれないのでシャワー浴びづらいことこの上なし。寝る。

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