2011年12月19日月曜日

深呼吸する惑星

 生まれてはじめて観た小劇場演劇は早稲田銅鑼魔館で上演されたザズウシアターの『欲望という名の電車』だが、これはテネシー・ウィリアムズの有名戯曲。オリジナル演目の小劇場演劇としては、『欲望という名の電車』の少し後に観た第三舞台『モダンホラー特別編』がはじめて。劇場は下北沢本多劇場。1987年の暮れ、手持ち資料に間違いがなければ12月29日の千秋楽である。 
 当時の私は高校一年生であり、一応は映画鑑賞を趣味と公言しながらもようやく特撮映画以外にも目を向けはじめた程度、作品内で描かれている物語もさほど複雑でなければどうにか追えるようになってきたレベルの、要はあからさまに子どもだったのである。そんな人間が重層的な物語構造の多い第三舞台の作品を観たんだから(といってもこの時代の小劇場系演劇は第三舞台に限らず重層的な物語構造がブームだったようにも思うが)、そりゃあ内容なんてわかるわけがない。ないのだが、しかしえらくスピーディでショーアップされた演出やセリフや役者と、それに瞬時に熱狂的に反応する観客の空気に呑まれ、とにかく理解できないにもかかわらずえらく衝撃を受けた。 
 以後、88年『天使は瞳を閉じて』、89年『宇宙で眠るための方法について 序章』『ピルグリム』、90年『ビー・ヒア・ナウ』、91年『朝日のような夕日をつれて'91』『ハッシャ・バイ』と欠かさず観劇。『ピルグリム』にちょっとした物足りなさを感じたり『ビー・ヒア・ナウ』にいまひとつ薄い印象を抱いたりはしたものの、しかし前のめりになるほど積極的に楽しんで観ていたのは間違いない。それでいながら一本の物語が進行する『天使は瞳を閉じて』以外の作品は、結局大筋すらろくに理解できていなかったのも事実だが。
モダン・ホラー 天使は瞳を閉じて クラシック版 ピルグリム クラシック版 ビー・ヒア・ナウ ハッシャ・バイ
 だが92年、唯一ストーリーを理解できていたつもりの『天使は瞳を閉じて International version』を観なかった。チケットをとり損ねたんだか再演だからいいやと意識して観なかったのかは覚えていないが、とにかく足を運ばず連続観劇が途絶えた。90年に下北沢駅前劇場で観た大人計画の『絶妙な関係 Live at 秘宝館』で「かっこつけた演劇ってかっこわるい」みたいなニュアンスで第三舞台のパロディとおぼしきやりとりがあり、それを観て同感して爆笑してしまったことも、『天使は瞳を閉じて』再演に足を運ばなかった要因のひとつかもしれない。大人計画を観た翌年の91年には、前述のとおり『朝日のような夕日をつれて'91』と『ハッシャ・バイ』の2本を観てるけど。 
 93年は第三舞台の公演は行われなかった。94年、岸田戯曲賞受賞作『スナフキンの手紙』観劇。アジアを旅するバックパッカーの間を流通するノート、通称「スナフキンの手紙」、そこには普段から心に抱きながらも母国で日常を送る中では発せられることのない、旅人たちの真実の言葉が記されている、というような物語。この芝居を観ながら私は「このパターンは以前にも第三舞台で観たな」と、ようやくうすぼんやりと気づいた。気づいたのだが、それがなんなのか突き詰めることなく、『スナフキンの手紙』の題材に影響を受けたわけでもないのに観劇直後に生まれてはじめての海外旅行にバックパッカーとして出かけ、日本人が多く泊まる安宿の壁の落書きをみつけていわばこれがスナフキンの手紙のようなものかと読んだら宿で働く女の子をどうやったら口説けたかの体験談ばっかり書かれていて猛烈に嫌な気分になり、以後芝居のことを忘れた。 
 95年には『パレード旅団』が上演されたが、タイトルもポスターデザインも覚えているにもかかわらず、観たかどうかすら記憶が曖昧。おそらく観ていないけど絶対観ていないといいきる自信もない。 
 96年『リレイヤーIII』観劇。これは観た。サンシャイン劇場入口で開場を待っていたことを覚えているので確実だ。それでいて内容はまるっきり覚えていないのだが、この作品を観ているときに自分でもびっくりするぐらいはっきりと「第三舞台がわかった!」という感触があった。ほとんど天啓といっていいぐらいだった、ような気がする。 
 で、わかった結果、飽きた。芝居自体をあまり観なくなったのもあるが、第三舞台はもういいかな、と思ってしまったのだ。観客は身勝手なものである。そのため97年の『朝日のような夕日をつれて'97』は見送り。その後98、99、2000年と公演自体が行われなかったことも知らなかった。
  スナフキンの手紙 パレード旅団 リレイヤー3 
 2001年、第三舞台劇団結成20周年記念&10年間封印公演なる情報が入ってびっくり。しかも演目タイトルが『ファントム・ペイン』。主催者鴻上尚史がことあるごとにエッセイやら「ごあいさつ」やらでいつかやりたいと考えている作品のタイトルとして書いてきたのが『ファントム・ペイン』である。『リレイヤーIII』から5年間観ずにきたが、かつて第三舞台に熱狂した身としては絶対に観なくてはならない。 
 そのつもりだったのだが、前売券発売日に寝坊した。午後三時頃、聞くだけ聞いてみようと近所のチケットぴあに出向くと当然のことながら売り切れ。が、念のためとさらなる確認をすると、売り切れなのは東京公演であり、福岡公演はまだ残っているとのこと。その場で一枚購入、それなりにいくつかあった仕事をどうにか調整、2001年10月14日、単身福岡へ飛び、翌日昼間、メルパルクホール福岡にて『ファントム・ペイン』観劇。良かった。良かったと同時に『リレイヤーIII』で得た「わかった」ことに、自分ひとりで勝手に確信を得た。
 鴻上尚史による第三舞台作品は、繰り返し繰り返し、ここではないどこか、こうじゃなかった可能性、といったものについて言及していた、というのが『リレイヤーIII』を観た際に得た「わかった」ことである。あくまで私見ではあるが、『ピルグリム』における「オアシス」しかり、『ビー・ヒア・ナウ』における語られざる元号「弥勒」しかり、『スナフキンの手紙』における「スナフキンの手紙」しかり。 
 『ファントム・ペイン』は、その時々で選択しなかった可能性をパラレルワールドという設定で描くのである。記憶が正しければたしかそういう話だった。『リレイヤーIII』を観た時点でこうした「捨ててしまった可能性に思いを馳せる」のが鴻上尚史の第三舞台でのテーマの核であろう、とは思っていたんだけど、『ファントム・ペイン』を観ながらこれまた遅まきながら気づいたのは、これって結局、岩谷真哉のことなんじゃないか、ということであった。 
 岩谷真哉というのは第三舞台旗揚げメンバーの一人であり、いくつかの証言を読むと非常に才能に溢れた初期第三舞台を代表する看板俳優だったとのことだが、1984年に交通事故で他界。私が第三舞台を観るようになったのは87年のことなので、当然ながら彼の姿は一度も観ることがかなわないままである。 
 とはいっても、私も一応は第三舞台のファンだったので、鴻上尚史のエッセイを中心にあれこれ読んだり、もっと以前から第三舞台を観ている人の話を聞くことで、第三舞台における岩谷真哉の存在の大きさは聞き及んでいて、そこへきて舞台では別の可能性の世界の物語が繰り返し演じられるんだから、そりゃあ観る側も気づくってものである。何度も何度も何度も何度も、第三舞台は岩谷真哉に「君が生きていたら一緒にどんな芝居をやっていたんだろうか、でも君がいなくても俺たちは芝居をやってるよ」と語り続けているのである。というのが、私が「わかった」と思っている第三舞台である。
  ファントム・ペイン 
 その後10年が過ぎて第三舞台の封印が解ける2011年となった。そういや今年か、と時々思い出しながらようやく情報が入ってきたら、なんと封印解除でありながら解散公演であるという。あらまびっくり。『ファントム・ペイン』以上に観に行かなくっちゃ! 
 だがその前に、第三舞台封印中に若手の役者を集めて鴻上尚史が作った「虚構の劇団」による『天使は瞳を閉じて』の再演があったので、こちらを観に行ったら、あー、ぼんやりした記憶では台本も演出も当時とあんまり変わらないはずなのに、なんだろう、いいたかないけど、その、ダサい、のである。役者の力量もあるのかもしれないが、かつて松尾スズキが大人計画でパロディの題材にしていたように、かっこつけててかっこわるいというか。今現在にそぐわないというか。 
 物語自体は原発事故で人々が死に絶える中、ドーム内に生き残った人々の人間模様を描くという、再演でありながらも今を予見したような内容なのだが、細かい部分が、なんだろう、いいたかないけど、その、繰り返すけど、ダサい、のである。かつて時代を先取りすると評された劇団の代表作が、同じ演出家でありながら時代遅れに感じてしまう。同じ演出手法だからこそ、かもしれないが。 
 ということで解散公演は観たい、けど期待できない、さてどうしよう、という状態になってしまった。ついでに書くと、チケット代は高いし、現在私はいろいろあって収入が激減していて苦しいし。こうしたことが理由なわけではなく、気がつくとすでに前売券発売日が過ぎていた。さらに気がつくと、すでに公演がスタートしていた。 
 そんなわけで半ば諦めるどころか忘れてすらいたのだが、ツイッターを眺めていたら、今回の公演は千秋楽でライブビューイングが行われるという。これか、これに行ければいいか、とチケット購入方法を知るために第三舞台サイトを覗くと、なんと各日各回の当日券も、わずかながら毎日ある様子。そこで当日券取得を試したところ、幸運にもチケットがとれ、去る12月15日、新宿紀伊國屋ホールにて急遽、生で第三舞台封印解除&解散公演『深呼吸する惑星』を観劇できることとなったのである。 
  観た。しかも前から三列目。役者の顔もばっちり。結果、観られて良かったし観て良かった。虚構の劇団版『天使は瞳を閉じて』の際に感じた危惧はあくまで危惧で終わり、ちゃんと私がかつて大好きだった第三舞台の作品だった。最後の第三舞台というよりいつもの第三舞台だったのも、良かったと思える要因かもしれない。 
 とはいえあの頃の熱狂的なファンのおかげで巻き起こっていた熱狂的な盛り上がりがあるわけではなく、しかしそこらへんを考慮しているのか、演出的にもかつてのようなごり押しなパワーは控えられていて、そのあたりは10年経過したことによる変化かな、と思う。虚構の劇団版『天使は瞳を閉じて』は、第三舞台が熱狂的なファンに支えられていた時代だからこそ成り立っていたであろう演出がかえって足を引っ張っていたが、『深呼吸する惑星』はそこをうまくかわしてくれていたのである。 
 このタイミングで解散するのもおそらくちょうどいい。やめないでほしいというファンもいるだろうけど、最初に観てから24年、前回観てから10年経って、いつもの第三舞台が観られたんだから、私は充分満足だ。最後のというよりいつものと書いたけど、最後だからこそのちょっとしたファンサービスもあり、でもファンサービスの仕方はやっぱりいつもの第三舞台だし。 
 そしてまた、新作でありながらもやっぱり今回も、私見では岩谷真哉へのメッセージだよなあ、という感想を抱いたのだが、それでいい。私の好きな第三舞台はそれが軸なんだからそれでいい。もしも岩谷真哉が亡くならなかったら第三舞台の芝居は違うものになっていただろうし、そしたら私は第三舞台を観て違うことを思っただろうけど、でも私はこれまでの第三舞台を好きで観てきたんだから、これでいいのです。
  私家版 第三舞台 鴻上尚史のごあいさつ―1981‐2004