2012年2月3日金曜日

沢山のスパムは救世主に非ず

書こうと思いながら後回しにしてたら随分時間が経ってしまったが、半月ほど前に赤坂ACTシアターでミュージカル『モンティ・パイソンのスパマロット』を観た。本作は2006年にブロードウェイ版を観てるので再見となるのだが、あれこれ旅行をしながらも語学はさっぱりゆえ、きちんと内容を理解しながら観るという意味では初見である。
 といってもミュージカル『モンティ・パイソンのスパマロット』は映画『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』が原作であり、原作映画は何度も観てるので、一応はセリフがさっぱりわからなくてもそれなりに内容理解はできていた、と思う。そのように当時のブログには書いてある。が、前回観たのはもう6年近く前なので、ほとんど覚えていないも同然で、まあそこそこ新鮮な気持ちで今回の日本版を観劇した次第。
 結果、笑う場面ではずしてしまうようなことは全くなく、観客もみなさん楽しんでいる様子であり、私も笑って楽しめたおもしろい作品ではあった。ではあったんだけど、観客の大半は見た感じではモンティ・パイソンのファンではなくミュージカルのファンであり、そういう方々が充分に楽しんでいるという点で、「モンティ・パイソンの」という冠だからこそ観に行った身としてはちょっと複雑な気持ちにならなくもない。
 いや、ほんとにコメディ・ミュージカルとしては日本版アレンジも含めてほとんど完全に成功してると思うのである。特にランスロット卿役の池田成志とべディヴィア卿役の皆川猿時の台本演出どおりなのかアドリブなのかわからない芝居は小演劇的にひねくれたギャグとしても素晴らしい。
 にもかかわらず複雑な気持ちになっちゃうのは、つまりはモンティ・パイソンを神聖視するめんどくさいファンが「モンティ・パイソンの」と冠がついてるからこそ勝手に違和感を持っちゃってるということなのである。自分がそんなめんどくさい人であるのは充分承知しているのである。あーやだやだこんなめんどくさい人やだやだ。
 では「モンティ・パイソンの」と冠されていることでどんな違和感を持ってしまうのか。おそらくは過度に「モンティ・パイソン的」なことを求めてしまうのである。ではその「モンティ・パイソン的」というのは何かと問われると、もうなんというか感覚的なことでしかないのだが、正統派娯楽作品に要求される楽しく愉快に大団円というような展開そのものをやっつけで再現して「こんなもんでしょ」と煙に巻くような、絶対にイイ話に落とさないような、かといってイイ話を皮肉るわけでもなくそういう意図とも全く違う方向で突然幕切れが訪れるような、時に理解不能に陥るほどに無意味な、「想像の斜め上」程度は想像の範囲内にしか見えない意外性というような、そんな感じ。現に『スパマロット』の原作の『ホーリー・グレイル』のエンディングが映画史上最高レベルのデタラメかつアバンギャルドなやり逃げであるのは、観た方ならわかっていただけるかと思う。
 『スパマロット』はしかし、そういう意味での「モンティ・パイソン的」な作品ではなく、もうちょっと一般的に「モンティ・パイソンっていえばアレだよね」と言われるような共通イコンを散りばめながらミュージカルというメディアをパロディ化した、ような作品に仕上がっている、ように感じたのである。6年前はそれをモンティ・パイソン的なものの正当な後継者であるかのように書いてますが、6年も経ってついでに日本版アレンジが施されたモノを観たら感想が変化しても仕方がないのです。一貫性がないけど人は日々変化するものなのです。まあ結果として自分が前よりめんどくさい人になっちゃったなあとも思うが。
 あともうひとつ「モンティ・パイソンの」とタイトルについていることに対する違和感は、こっちはもうちょっと共感してくれる人もいるだろうけど、早い話が『スパマロット』はモンティ・パイソン作品を原作にしながら、そのメンバーであるエリック・アイドル単独の作品である、というところにもある。モンティ・パイソンというのは才能に溢れたコメディ作家兼役者6人が集まってこそのグループであり、1989年にメンバーの一人グレアム・チャップマンが他界したことでひとまずモンティ・パイソン名義の作品は終了だよなあ、と俺が勝手に認識しているせいもある。
 一応はその後もコンピュータ用ゲームやら何十周年記念番組やらでモンティ・パイソンとタイトルに入っている作品はあるが、あれは結局過去の遺産を使ったリミックスであったり同窓会であったりドキュメンタリーであったりするわけで、「モンティ・パイソンの」作品とは言いがたいのではないか、と。もしも仮に「モンティ・パイソンの」と名乗る作品を出すのなら、死んじゃって灰になって同窓会番組でテリー・ギリアムに骨壷を蹴飛ばされて遺灰をぶちまけられたグレアム・チャップマンは仕方ないとして、せめて生き残り5人全員が脚本と出演をしたものであってほしいと、そういう物凄く身勝手な意識のもと、エリック・アイドル単独作品を「モンティ・パイソンの」と呼ぶことに違和感を持ってしまっている、のではないのかなーと思ったりするのである。ただの一ファンのただのわがままなのは承知しております。『モンティ・パイソンのスパマロット』が誰でも楽しめるミュージカルであるのは否定しません。
モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル [Blu-ray] 
Monty Python's Spamalot 
 『スパマロット』観劇から数日後、日本では時を同じくしてリリースされたDVD『モンティ・パイソン ノット・ザ・メシア』を観た。これまた映画『モンティ・パイソン ライフ・オブ・ブライアン』を原作に、これまたエリック・アイドルが手がけたオラトリオである。日本版DVDのタイトルには「モンティ・パイソン」と入っちゃってるが、映像そのものの原題には入ってないから上記の(あくまで俺個人の)わだかまりについては問題なし!
 ですが、演奏者や合唱隊総勢140人という大掛かりな作品ではありながら、そこまで魅力的かというと正直なところ微妙でありました。『ホーリー・グレイル』を観てなくても理解できる『スパマロット』と違い、『ノット・ザ・メシア』はそもそも『ブライアン』を観てないとほんとによくわからないんじゃないかと思うし。まあ40周年のファン感謝祭と考えればいいんだけどね、テリー・ジョーンズもテリー・ギリアムもマイケル・ペイリンも、それどころかメンバーじゃないけどレギュラー脇役だったキャロル・クリーヴランドとニール・イネスもゲスト出演する上に、最後の最後に大変馬鹿馬鹿しいファンサービスもあるし。
 で、そんなことより何より気になるのはもう一人の生き残りジョン・クリーズの不参加です。なんでもエリック・アイドルとジョン・クリーズの間で『スパマロット』でのギャラを巡って諍いがあって以来の不仲だそうだが(インタビュー本などから推し量るに以前からそんなに仲良くなさそうではあるが)、「モンティ・パイソンの」と名乗ってはいないとはいえ40周年なんだから、生きてるんなら出てほしいよなあ、大人気ないことしてないで。というか超大御所コメディアンなんだからそういうところもネタにするぐらいであってほしいよなあ。というのも身勝手な意見か。
 さらにその諍いが未だ決着しないらしく、テリー・ジョーンズが監督する予定の新作映画『Absolutely Anything』では今度はエリック・アイドルを除くメンバー集結だとか。ニュースではアイドルにも出演交渉中とのことだけど、まあもう無理だろうなあ。でもモンティ・パイソン名義の作品じゃないからいいのかなあ。できれば全員揃って脚本出演する「モンティ・パイソンの」新作が観たいんだけどなあ。
モンティ・パイソン/ライフ・オブ・ブライアン [Blu-ray] 
モンティ・パイソン ノット・ザ・メシア [Blu-ray]