2006年5月3日水曜日

フリック・コレクション/MONTY PYTHON'S SPAMALOT

 グッゲンハイム美術館へ行くために出発。五番街をロックフェラーセンターやらセントパトリック大聖堂やらその他やけにでっかい教会群やらトランプタワーやら徐々に高級さを増していく街並みを見ながら北上。
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 が、セントラルパークに辿り着いたあたりで、昨日の疲れがとれておらずすでに足が痛い。ベンチで休んだり動物園を外から眺めたりしながらゆっくりちょっとずつ進む。
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 とはいえまだまだグッゲンハイム美術館は遠く(といってもここまでの道のりに比べればすぐではあるんだけど)、もうこれ以上歩きたくないなあ、なんかもっと近くに見どころになりそうなところがあればそこに変更しようかなあとベンチに座ってガイドブックを広げるとどうやらすぐ近くにフリック・コレクションがあるらしい。ガイドブックから目を上げるとフリック・コレクションの正面のベンチに座っていたことが判明する。
 これはきっと何か大きな力がもう歩かなくていいよと言ってくれてるんだな超自然的なものは一切信じてないけど、ということでフリック・コレクション入館。美術館に足を運びながら美術芸術についてほとんどよくわからないので具体的な感想は書けないのだが、富豪フリック氏が生前収集し陳列していたままの状態で展示してあるということで、絵画作品だけでなく当時の富豪の無闇に豪勢な生活ぶりも垣間見れて面白い。日本語音声解説もあったので聴きながらの鑑賞。しかし貧乏性のために音声ガイドのあるものは全部聴いてたら滅茶苦茶時間がかかり館内も結構歩くので足がますます痛くなる。それにしても修復してるとはいえよくもまああんなに昔の作品をこんなにきれいな状態で保存できるよな。フラゴナールの部屋が特に良かったです。日本語版ガイドブックを買って退館。

 マディソン・アベニューを歩いてミッドタウン方面へ。このあたりいわゆるアップタウンであるため、いかにも小金持ちが歩くためのお洒落な雰囲気で、自分のようなバックパッカー的旅行者が一人でうろつくにはあまりにも似つかわしくないなあと思う。

 途中、本日もまた映画の撮影現場に遭遇。どっかで見たことあるような顔の俳優が歩いてるシーンの撮影だが、その俳優が誰なのかはわからん。映画は好きですが実は俳優ってあんまり興味ないのかもね。足を休める意味もあってしばらく見物。地元の人たちも結構見物してたりして、もっとドライな住民ばかりかと思いきや割とミーハーなようである。写真撮って怒られてもやだなあとしばらくカメラを構えなかったんだけど、地元の人たちを見ると携帯カメラでばんばん撮りまくってるのでこっちもそれに倣って撮影しました。やたらと全体に指示を出しまくってる人がいたので最初はそれが監督かと思ったんだけど、どうも露出計を手に持ってるのであれは撮影監督かもしれん。それとは別に監督かもしれない人物は奥の方でモニター前に座ってたし。なお、ニューヨークでの撮影ではあるけどウディ・アレンでもマーティン・スコセッシでもなかった。それにしてもプロの撮影現場って撮影に時間がかかるものですね。30分ほど見てたんだけど、その間どうやらほんの数秒にすぎないワンショットの撮影だけしかしてなかったみたい。
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 ホテルに戻ると午後4時。あまりにも足腰が疲れていてベッドに横になると眠い。しかし今夜は待望の『MONTY PYTHON'S SPAMALOT』観劇である。このまま寝てしまうのはあまりにも危険なので日本から持ってきていた携帯電話のアラームを時差も計算の上でかけて昼寝。1時間程度で起きて余裕を持って飯食って劇場へ足を運ぶつもりだったのだが余裕を持って起きることができずギリギリ。少々頭がぼーっとした状態でブロードウェイへ向かい、急いで飯食って(日本ではアメリカ文化の象徴みたいな気がするけど実際にはマイノリティのるつぼマクドナルド)シューバートシアターへ。
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 自分の座席を探したら111.25ドルもしたチケットなのになんと最後列でちょっとがっかり。しかも前列の男性がただでさえ座高の高い人々のなかでも飛びぬけて座高が高く、困ったことに舞台の中央約1/3が彼の頭部のシルエットで隠れることに。なので役者の立ち位置にあわせて頭を左右に動かしながらの観劇となってしまった。俺、こういうのすげえストレスなのよね。で、『スパマロット』。この舞台は映画『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』をミュージカル化したもので、パイソンの一人エリック・アイドルが台本と音楽を担当。演出は映画『卒業』などのマイク・ニコルズ。お話は概ね映画どおりに進むので、英語がわからなくてもだいたい今何をやっているのかということは判断できるし(キラーラビットまで再現)、音楽も大半はパイソン作品中のものをアレンジして使ってるのでファンなら非常に入りやすい。しかしエリック・アイドル単独作品とはいえあくまでモンティ・パイソン名義の作品だけあって、徐々に映画版とも異なる方向に展開していくんですね。その最たるものはなんといっても有名な歴史家が円卓の騎士に殺されないがためにエンディングそのものが全く違ってくるという点。このあたりは『モンティ・パイソン研究入門』巻末に翻訳者の奥山さんが書いてることでもあるのだが、この作品は単に『ホーリー・グレイル』のミュージカル化ではなく、モンティ・パイソンがブロードウェイミュージカルを作ったらこうなるという、実に正しいモンティ・パイソンならではの方向へと展開するのです。『空飛ぶモンティ・パイソン』がテレビという枠に言及したように、『ホーリー・グレイル』が映画という枠をあえて滅茶苦茶にして終わらせたように、『スパマロット』はいかにもブロードウェイミュージカル的ハッピーエンディングを物凄く投げやりな形で出してきて、ハッピーエンディングなのに全くそれが感動に結びつかない、ブロードウェイミュージカルの形式そのものをからかいながら言及してしまう形になってるわけです。いわばメタブロードウェイミュージカルというべきか。そんなわけでタイトルに「MONTY PYTHON'S」と銘打ってることに嘘偽りのない内容ではありました。しかしいくつか苦言も書くと、やはりミュージカルという形式そのものを客観的に見るという姿勢で作られているだけに当然ではあるんだけどミュージカル的爽快感には欠けてしまう。あとそれとは別に、なんか舞台上の役者の立ち位置やセット配置などが少々単調なので、そのあたりビジュアル的に物足りないのです。パイソン作品って(特に映画では)テリー・ギリアムがいたこともあるんだろうけどビジュアル的にも満足感があったわけです。それが足りない。あとこれは作品のせいではなく俺のせいだが、パイソンの中でも最も言語ギャグを得意とするエリック・アイドルが台本担当だけあってこの舞台も(おそらく映画版とも異なる)言語ギャグが多数あり、客席はしょっちゅう爆笑してるんだけど俺は英語がさっぱりわからんために悔しい思いをしました。畜生!でも観客の反応ぶりは見ていて楽しかった。例えば休憩時間中、緞帳のスライドで「ACT II」と表示されるべきところを神の手が「ACT III」と書いちゃうと、観客のみなさんは休憩時間だというのにきちんと反応してたりする(その観客の声に応えるかのようなタイミングで神の手は「I」を一つ消す)。要はノリがいいわけです。こんだけみんながきちんと反応すると役者もスタッフもやりがいありそうよね。なお、開演当初はアーサー王を映画版『ロッキー・ホラー・ショー』のティム・カリーが演じてたんだけど、すでにティム・カリーではありませんでした。キャスト交替もチケットが買い求めやすくなっていた原因かもしれん。場内ブースでグッズをいろいろ売っていて帰りに買おうと思っていたのだが、あまりに混雑してるのでロビーで場内が空くのを待ってから買おうとして客席を出たところ、客席背後はロビーではなくそのまま外だったためにグッズ買いそびれてしまった。

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